プリザーブドフラワーの資格を取ったもののオリジナルのデザインが作れないを脱却する方法

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こんにちは。

プリザーブドフラワーとポーセリンアーティストの長谷川素子です。

 

アート、特に現代アートというと・・・・

意味分からん(笑)

という方いらっしゃいませんか?

 

私は子供の頃から美術館が好きで覚えている最初の展覧会は小学校の1,2年の頃に連れて行ってもらった山下清展です。

当時は絵に表現されているものを知っているかどうか、自分が判別できることが楽しい、みたいなところがったように思います。

知っているものの確認作業と言えるでしょうか。

 

次に印象的だったのは中学生の頃にデパートで催されている展覧会で見た織物です。

誰の作品だったのか、どんな展覧会だったのか忘れてしまいましたが、全く興味がなかったはずなのに何かを見つけた気がしたことで印象に刻まれました。

近くで見るといろいろな色の糸が重なり合っているだけに見えて、少し離れると糸の境目がぼやけて布になって・・・今思うとピクセルの集まりから引いて行くと絵が明らかになっていく映像があるじゃないですか?それに近いものに自分で気づいたんだと思います。

で、さらに色のグラデーションに見えていたものが、海だったり空だったり、具象としては描かれていないものに見えてくる、そんな経験でした。

 

そして今、これらの実体験、思い出を通して分からないアートについてひとつ自分の考えを持ちました。

それは「分からないっておもしろい」です。

分からないから想像する、何かを見つけようとする、自分の解釈をしたいと思う

それでいいのだと思います。

大体「分かる」というのもおかしなもので、作り手の意図なんて知りもしないでただモチーフを知っているというだけで「分かる」という感情を得ているのです。

何だかおこがましい。

「分かる」という感情が想像を邪魔しているような気にすらなります。

だから分からないっておもしろい!!

 

美しいって特別なものみたいに思っていたけれど、「美しいもの」があるのではなく「私が美しいと思うもの」があるのです。私が見つけたから美しいのです。そして私がいるから美しいのです。

 

アートを見るって自分を強くしてくれると思いませんか?